今こそBCM・BCPの構築を!

新型コロナウィルス(COVID-19)が猛威を振るい始めて1か月余りが経過しました。
発症された方が一日も早く回復されることをお祈りするとともに、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。

さて、ついにこのCOVID-19はパンデミックとなり、世界大戦に匹敵するような経済的被害が発生してしまいました。我が国経済も深刻な打撃を受けています。
このため、日本取引所の新規上場申請については、新型コロナウイルス感染症の影響が事業計画に適切に反映されているかどうかを審査するという項目までできたそうです。

また、人的被害も甚大で、世界では死者が3万人を突破して未だ衰える気配がありません。
特に最近は欧米の発症者の数が多い、地域も限定されていない、ワクチンや有効な治療薬が存在しない、インフルエンザと違い暖かくなっても勢力が衰えない可能性が高いため今後も流行は継続しそうなどの理由から、最終的にはさらにその数は増えるものと予想されます。

その中で、日本は発症者の数が増えていて危険な状態ではあるものの、比較的対応が良く、善戦しているグループに入ると思います。
初動こそ有効な措置が取れなかったものの、その後は早い段階で素早い対応を行い、1000人強(2020年3月29日現在)の発症者で収まっています。
これは政府の対応策に対し誠実な対応を取っている日本在住の方が多いためというのが理由の一つであると思います。

これとともに政府が比較的早い段階で有効な対応を行ったということもあるでしょう。
これはなぜ可能であったのか。
あくまで私見ですが、2009年の豚インフルエンザ(新型インフルエンザ:H1N1)の教訓を彼らが活かした結果ではないかと思います。

2009年の豚インフルエンザの際に、我が国政府は様々な官庁からパンデミックBCMやBCPのガイドライン等が作成・公表されました。
おそらくこれらを彼らも使用したものと考えられます。

このような資料は今もインターネットで公表されています。
一例を以下にあげておきます。

内閣府
事業継続ガイドライン第三版 解説書
http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kigyou/pdf/guideline03_ex.pdf

中小企業庁
新型インフルエンザA(H1N1)対策のための事業継続計画
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/influenza/download/A_H1N1_BCP.pdf

中小企業BCP策定運用指針
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/index.html

厚生労働省
事業者・職場における新型インフルエンザ対策ガイドライン(改定案)
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/07/dl/s0730-13e.pdf

これらは10年以上前のもので、少々古い情報ではないかと思うかもしれませんが、そのようなことはありません。
新型インフルエンザも新型コロナウィルスも同じパンデミックのグループに分類されており、新型インフルエンザのところを新型コロナウィルスに読み替えればほとんどそのまま使えます。

実際に上述のガイドライン等を読み解いていけば、彼らがほぼこれに基づいて動いていることがわかると思います。
喜ばしいこととはいえませんが、10年後に有効性が実証されたということでしょう。

新型コロナウィルスの猛威はまだしばらく続くことが予想されます。
今からでも遅くはありません。
皆様の会社、組織におかれても、パンデミック用のBCM・BCPを構築しませんか?
日本BCM協会では、そのようなご相談をお受けしています。

品質マニュアルは、品質マネジメントシステムの仕様書か

審査では、前回の指摘事項を確認することになっている。下記の指摘について、指摘のいきさつや、どのように改善したのか確認したかった。

指摘事項(改善の機会)

「品質マニュアルは、QMSの仕様書です(JIS Q 9000:2015 3.8.8項参照)が、2015年版規格の内容の多くは反映されておりません。新規格が運用されていない事例が観察されるため、QMへの規格内容の反映の必要性の検討及び/又は新規格の要員への教育訓練の必要性検討の余地があります。」

審査初日に、管理責任者に確認した。

前回の審査員は、品質マニュアルは、ISO9000:2015 品質マネジメントシステムーー基本及び用語 を引用して、品質マニュアルは、ISO9001:2015 品質マネジメントシステム 要求事項 を引用し、仕様書に即して要求事項をそのまま記述し、組織の適用、手順書他を付け加えて作成するものです とあったという。品質マニュアルは、要求規格を丸写しして、当組織の手順書、記録などを付け加えて作成するとあり、それに、改善して再作成してくださいということであった。

私がいただいた当組織の品質マニュアルは、第1章適用範囲、第2章計画、第3章運用、第4章評価・分析、第5章対策 となっていた。管理責任者に品質マニュアルは、改訂したのですか と確認したところ、新しい審査員が来たとき、確認してから行おうと改訂しませんでしたとあった。そして、私に品質マニュアルは、要求事項を丸写ししたものを作成しなければならないのですかと聞いてきた。

私は、品質マニュアル作成は、規格の要求事項からなくなった、従って、品質マニュアルは、作成してもよいし、作成しなくてもよいですね。また、作成するにしても規格要求事項を丸写しするかどうかは、組織の自由です。皆さんの品質マニュアルは、社内で検討し、このように作成しようと決めたのであれば、それでよいです。

管理責任者は、審査機関の規格説明会で、上記のように聞きました。従って、私たちの組織では、審査機関に渡した、今回私がいただいた品質マニュアルを作成しました。規格要求事項に従ったものではなく、当社の実施すべきことをまとめたものにしました。

前回の審査員との間では、このことを説明しましたか、と聞いた。

管理責任者は、審査員に貴社説明会で聞いたことを話し、品質マニュアルは、規格要求事項ではなくなったので自由に作成してよいと聞き、社内で検討した結果がこのようになったのですと説明した。

しかし審査員は、ISO9000:2015 品質マネジメントシステムーー基本及び用語 の品質マニュアルの用語の定義、品質マネジメントシステムの仕様書 だから、規格の要求事項をそのまま記述し、貴社の手順書、記録などを追加して作成してください とあった。

これについて、管理責任者と審査員のあいだで平行線となった。組織幹部の意見で、審査員の意見を聞いて改善していこうとなり、改善の機会を受け入れた。

管理責任者は、品質マニュアルを改訂せず、今回審査員私の意見を聞いてから、改訂するかどうか決めたいと考えているとあった。そして私の意見を確認してきた。

私の考えは、上記の通りです。品質マニュアルは、作成しても良いし、作成しなくても良いです。作成するとき、どのように作成するかは、組織の自由です。貴社が、作成したもので良いと考えます。付け加えるならば、品質マニュアルは、誰が読むのか、読む人にわかりやすくなっているかが大事だと思います、と話した。

審査員は、品質マニュアルに要求事項に従った記述、規格要求事項のデッドコピーを未だ求めているのかと、非常に古い型の審査員であろう。1994年版までは、これで良かったが、2000年版から規格要求事項のデッドコピーを求めていない。その後の2008年版、2015年版しかりである。無用な要求(改善の機会)は、しない方が良く、組織に無用な混乱を及ぼすことになる。

また、基本と用語にあるが、品質マニュアルが、品質マネジメントシステムの仕様書と位置づけるなら、要求事項に明確に要求されるだろう。しかし要求されていないので、あくまで、参考の位置づけで良いのではないか。それとも、日本語への翻訳で十分意図したものになっていなかったのではないか。

注)ISO9001:2015 品質マネジメントシステムーー要求事項の引用規格としてISO9000:2015 品質マネジメントシステムーー基本及び用語 があるが、審査で使用するのものではない。

地震が日本の歴史を創造

地震が起ったために、その後の歴史が変わったといわれる地震や津波がある。
人知の及ばない自然現象は「天の采配」として、時の権力者や権力を狙うグループに襲いかかる。
我々は歴史の結果を知って批判をしているが、当事者は必死にもがいているだけである。

地震や津波の被害に対する応急処置の良し悪しによって、時の権力者の良し悪しの評価となり、時の天皇や将軍を支持していくかどうかの判断をした。
つまり税金や食糧の出納を行っていくかどうかの判断を責められたのである。
平安時代には天皇の詔で対処した。
鎌倉時代には宮将軍が地震を理由に京都へ追い払われた事例もある。
もっとも、鎌倉の執権北条氏と朝廷との争いの結果ではあるが、飾り将軍が意思を持つと排除された。

源平合戦(1180年〜1185年)にも地震が絡む。1185年(元暦2年3月24日)の「壇ノ浦の戦い」後、7月9日に起きた「文治地震」は琵琶湖西岸断層帯の南部堅田断層から大地震が発生した。京都は壊滅的被害を受けた。しかし、地震の被害は全国にまたがり南海トラフの巨大地震であったと推定される。平家の元所領であったが頼朝の所領になっていた西国や日本海側も被害甚大、そのため世間では「平清盛が龍になって地震を起こした」と噂され、「龍王勤(りゅうおうきん)」とも呼ばれている。源頼朝にとっては地震が追い風となり「武士の時代を開く鍵」となった。

1185年(文治元年12月21日)には「文治勅許」で頼朝に守護・地頭の設置を許し地震の復興を行わせた。元所領の地震災害に貢献できなかった西日本の平氏は出る幕がほとんどなくなった。しかし、頼朝は源義経を追討し、ついでに奥州の藤原氏を壊滅させた。

もともと頼朝が関東の戦いで勝ちえたのも関東の武士達の朝廷に対する不満が潜在していたからである。
878年(元慶3年9月29日)には相模・武蔵で伊勢原断層による地震が起き、相模国が大きな被害を受けた。
関東諸国の建物で無傷なものがなく、圧死者が数知れずといわれている。

朝廷では嵯峨天皇の「不徳の詔」を出したが、それで地震の被害者が救われたわけではない。
9年前の869年(貞観11年5月26日夜)に古代最大の地震である「貞観地震」も経験していた坂東以北の武者たちは源義家と奥州で戦った武者達の子孫でもある。
劣勢の頼朝に味方して朝廷の一旦であった伊勢平氏と対立していった。もともと、坂東八平氏から離れていった分家が伊勢平氏であり、平清盛はその子孫である。

伊勢原地震の頃の朝廷側では菅原道真が「地震の成り立ち」の試験問題を答えて官位に採用された。地震が頻繁に起こっていたから試験問題になったのであるが、回答は唐の漢文による知識であった。
道真が藤原氏の他氏排除による失脚後、関東では平将門の乱が起った。
同族の領地争いが原因であったが、藤原氏の他氏排除の政策の延長に起こった反乱であった。

源氏でも源高明が「安和の変」で失脚し、朝廷は藤原一色の摂関政治になった。
奥州では「前五年・後三年の役」が起り、源氏の戦いに関東の武者達も戦いに巻き込まれていく。

伊勢平氏から出た平忠盛が荘園を寄付して昇殿を許され、京都では平氏の分家が源氏と争い、政権の座についた。
関東では平将門を成敗した武家の子孫同士が、敵味方に分かれての混乱は「平将門の怨霊」が災いして頼朝の縁者を排除して、鎌倉幕府として日本を統治していく。

1290年(正応6年4月12日)の「永仁鎌倉地震」の後で「平禅門の乱」が起った。
執権北条貞時が地震の災害の大きさ恐怖となり内官領の平頼綱に権力が争奪されるとの妄想にとらわれたヒステリー粛清劇であった。
鎌倉の平氏が滅亡していく内紛でもあった。40年後に源氏による室町幕府ができるのも永仁鎌倉地震の結果であろう。

1498年(明応7年8月25日)の「明応東海地震」の後には二人の足利将軍(義植と義澄)の対立に発展していく。
津波によって鎌倉の高徳院の大仏の台座が流された。大きな津波地震は当然、大きな災害であった。
西伊豆や沼津などでは10メートル〜30メートルの大津波が押しよせ、被害甚大であった。
そんな状況下で室町幕府の政所執事の伊勢守時が今川氏の縁者として将軍足利義澄の「義兄堀越公方茶々丸討伐の命」を受けて伊豆入りした。

地震によって浜名湖が淡水湖から海岸線がえぐられ淡水湖から汽水湖になったため将軍足利義植方の西方からの兵は攻めてくることはなかった。
盛時は足利茶々丸を敗死させ、「四公六民」の善政を布いた。早雲は韮山城を居城としていたが、小田原城を攻め「下剋上の先駆け」となった。  
伊勢盛時は伊勢新九郎とも北条早雲ともいわれている。
鎌倉幕府の北条の家の子孫とも縁を結び、関東に覇権を及ぼしていった。

早雲の孫の北条氏康が後北条として関八州を平定するが、戦国時代には徳川家康が江戸城に入城して、後北条の関八州をそっくり手中に納め、徳川幕府の拠点となった。
現在、江戸城は明治維新により皇居になったが明応地震の結果ともいえる。

時の流れを一挙に過去から現在へシフトさせると、首都直下型地震が4年以内に起こる確率は70パーセントと発表されている。
また、南海トラフト巨大地震が今年中に起こると予言する人もいる。予知研究を行っている村井俊治元教授は伊豆半島付近より南の太平洋が怪しいと明言している。
電子基準点を16基設置することを予定した。

しかし、科学的予想をあざ笑うがごとく、大阪北部で断層地震が発生した。
それに加えてゲリラ豪雨が西日本各地を襲った。川が逆流する災害も発生した。
東から西に向かう台風も起こった。
突然、首都圏ゲリラ豪雨も発生し、経験のない都民もその恐怖を味わった。

現代では首相が集中豪雨地を視察し、国の災害費用の供出で国の安全が保たれている。
ボランテアの活動で国民がその状況を確認し、どう評価するのかによって政権の良し悪しの基準にも影響し、審判が下る。
次の大地震によって歴史はどう変遷していくのだろう。
2018年(平成30年9月6日)に北海道で強度7の大型地震が発生した。全道で電力の供給が停止に追い込まれた。

当然、インフラもバタバタになり、携帯も電源の補給ができなくなり、旅行客が親や知人に無事を連絡できず困惑している。
NTT東日本では公衆電話を無料にして旅行客などに提供した。
賢明な判断であった。

関係者への状況連絡は精神的な安心につながる。
高度情報化の社会の日本の未来に不安が拡大していく。

日本中、どこにいても地震災害にぶち当たる。対岸の火事ではすまされない。
それらの災害は「想定内の災害」とみるべきである。
現在の住居の場所に地震災害が起こる可能性が常にあることを認識し、BCMの考え方や手法を取り入れて①事前に予防策や代替策を講じる。②発生後の被害を極力押させる手立てを事前に講じておくかどうかで生死を分けるほど重要であると考えなければならない。

NHK総合テレビのクイズバラエティ番組のチコちゃんに「ボーっと生きてんじゃねよ!」と叱られそうだ。

担当:和田

日本人と地震

日本人の一番怖い物は昔から「地震、雷、火事、親父」という諺がある。
現在、「親父」の方は「妻」だったり、「嫁」であろうか。
「地震」も「のど元過ぎれば熱さを忘れる」となにも起こらなかった如く脳の記憶は忘れていく。日本人の寛容さはどこからきているのだろうか。

平成になってから「阪神淡路地震」「東日本地震」と大きな地震が起きた。その復旧に関連者は日々おわれているが、傍観者でしかない個人は段々記憶の外へと追い出されていきつつある。

「脳」の「海馬」は新しい情報を記録するが、古い情報は「大脳皮質」に納められていく。古い情報に分類されると記憶は変質していくらしい。
日本の地震の記録は416年(允恭5年)の「允恭地震(いんきょうじしん)」からである。文字が伝来されてから記録され残った。以前の地震の記録は存在しない。4世紀後半以前には地震がなかったのだろうか。

599年(推古7年)には「推古地震」が起った。聖徳太子が予測したと言われている。文字を読めた太子は書物から地震の起る原理を知っていた。

日本列島は4つのプレートが押し合い引きあいしながら島国
を造り上げた。だから頻繁に地震は起こっていたはずである。
古代人は地震が起きたら「沈黙」しながらその恐怖に耐え忍んだ。逃げる場所が列島しかない。諦めるしかない。

その内、時間が経過すれば地震の震動が止まり、正常な生活に戻る。被害のあったところは人力と給付金で復旧させていく。
時間が恐怖の記憶を脳から消え去っていく。毎日の生活に戻るようにトラウマを克服していく。
しかし、天の采配はそれなりに責任を問いかけてはいる。

827年(天長4年)には「京都群発地震」がおき、淳和天皇(じゅんなてんのう)は「不徳の詔」を発した。
830年(天長7年)には「天長出羽地震」が起き、淳和天皇は二度も「不徳の表明と援助の詔」を発し、833年(天長10年)には甥の正良親王(まさらしんのう)(仁明天皇)に譲位してしまった。
「地震」は天に近い「天皇」の治世に責任があると考えられていたのだ。皇族も摂関家も黙しているだけである。

一人、菅原道真だけが中国の書物により「地震発生の原理」を理解していたようだ。文官登用試験に「地震の起る原理」を問われて回答している。試験官も知らない回答だったが、それで受かった。後に失脚する遠縁でもある。
 日本人は地震に対して沈黙し、そして忘れることで責任逃れをするしかない。自分には「地震の発生」には関りのない地位である。ただ生き延びるために頑張るしかない。そして、日々の生活に埋没し。次の地震は私の所にはこないと信じている。
しかし、近々に南海トラフ巨大地震」が予想されている。私には関係ないとも言っておれない状況である。

もっと地震について、いや、列島について知識を広げていかなければならない。
「備えよ常に」とは軍国時代の用語であるが、地震についても当てはまる。
頭の片隅に地震が起きたら、どう逃げようか。どう対処すべきか。どう生存を確認しあおうかと相談しておく必要がある。
「天災は忘れたころにやってくる」という諺があるが「忘れる暇もなくやってくるのは確かだ」

文責:和田

真っ赤な品質マニュアル

2017年11月審査の受審組織から送られてきた品質マニュアルは、表紙は、黒色で書かれていたが、本文は、すべて赤字であった。確かに「真っ赤な品質マニュアル」であった。「真っ赤な品質マニュアル」は、読みづらい面が多々あった。それにしてもこんな「真っ赤な品質マニュアル」を作成して送ってきたのだろうか。

私が所属している審査機関では、受審組織との間で、審査資料を受け取っている。審査員が直接受審組織から資料を受け取ることはない。移行審査4か月前に受け取ることになっている。しかし当組織からの資料は、遅れてきていた。たぶん組織から送られてくるのが、遅かったのであろう。

11月に審査に行ったとき、なぜ「真っ赤な品質マニュアル」にしたのか、理由を聞くことにしようと、審査計画書を作成し、受審組織に了解を取り、審査機関に提出・承認を受け、審査機関から、受審組織に送られた。審査準備で「真っ赤な品質マニュアル」をプリントアウトし、そのほかの審査資料も併せて、プリントアウトして持って行くことにした。

審査当日、管理責任者インタビューでまず「真っ赤な品質マニュアル」の理由を率直に聞いた。管理責任者から、次の話があった。ISO9001:2015では、品質マニュアルは、要求事項ではなくなったので、作成していなかった。しかし審査機関から品質マニュアルの提出を求められ、品質マニュアルを作成していないと答えた。しかし品質マニュアルを提出してくださいと、再三要求された。それで抵抗の気持ちをかねて、「真っ赤な品質マニュアル」を作成し、提出期限を遅らせて送ったという。

確かに当審査機関は、品質マニュアルを求めている。一応品質マニュアルがない組織は、審査に必要な資料を送って欲しいと言っていると聞いている。それが品質マニュアルを提出してくださいとなったのであろう。この「真っ赤な品質マニュアル」は、ISO9001:2008で多くの受審組織が品質マニュアルとして、記載した、4.1から10.3までのデッドコピーであった。注記までもコピーされていた。確かにこのような品質マニュアルが多いことは、事実だ。

ISO9001:2000が出たとき、品質マニュアルは要求事項にあったが、3項目の記述要求であった。要求事項通り3項目のみを記載した受審組織は、少なかった。ある審査機関では、3項目をA3用紙1枚に記載した品質マニュアルを推奨していた。しかしこれは、横に広がらなかった。多くの受審組織は、過去1994版と同様、規格要求事項のコピーであった。確かに94版では、規格のデッドコピーと同様なものを求めていた。それが審査をやりやすくし、同じ手順を求めるものであった。しかし00版からは、規格要求事項からの審査でなく、受審組織の風土、文化を尊重し、受審組織のプロセス、手順に従って行うようにとあった。

広く考えれば、QMS(品質マネジメントシステム)だけでなく、EMS(環境マネジメントシステム)、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)等は、マニュアルを要求していない。しかし多くの受審組織は、マニュアルを作成している。それは、規格のデッドコピーが多い。審査機関、審査員は、審査時網羅性を考えた場合、いいものだ。ある面、審査機関が受審組織のマネジメントシステムの構造を画一化させたり、文書類を規格の箇条と一致させる、規格の特定の用語を使用させる 等につながっている。これらは、各マネジメントシステム要求事項の序文に、これらを求めるものではないと書かれたものに違反している。

規格要求事項のデッドコピー等を求められた受審組織から審査機関へのクレームはない。受審組織は、審査を受け、登録し、登録証を維持するために、審査機関の言いなりになっていないだろうか。品質マニュアルの側面から見たが、本当に役に立つ審査、審査機関として適切か、を受審組織としてみていく必要があろう。受審組織は、審査の質を上げていくためにもっと強く、審査機関にもの申す、改善を働きかける必要があろう。審査機関も要求事項に忠実に、受審組織に負担をかけないようにしていくことが求められるのではないだろうか。

注:ISO17021では、審査員の知識、技能を要求している。専門性をもった審査員が受審組織に行き、審査することを求めている。従って、ISO9001の要求事項は、受審組織では、どのようになっているかの大まかなものは、知っているはずである。

なぜ日本人はリスク管理が苦手なのか

あなたはリスクという単語の語源をご存知でしょうか。
諸説ありますが、先日リスクマネジメントの分野でも有名な片方善治が、リスクの語源はラテン語の「risicare」であるといわれていました。
この単語は、「勇気をもって試みる」という意味なのだそうです。
だから、リスクという単語は、元々危険なものというような意味ではないということです。

この「勇気をもって試みる」という行動、どこかで見たり聞いたりしたことはありませんか?
実はこれ、RPGゲーム「ドラゴンクエスト(通称ドラクエ)」そのものであるということができます。
伝説の勇者が強大な悪の魔王に立ち向かうため勇気をもって行動し、仲間や情報、武器や防具を整えてこれを倒しに行くというのは、まさに大いなる「リスク」なのです。

そう考えると、日本人はリスク管理が苦手というのは、どうも違うような気がします。
300万本以上売れる一大ゲームソフトが好きな国民がリスク管理が苦手ということはちょっと考えにくいことです。
もしリスク管理が苦手なら、ドラクエをやりたいと思わないでしょう。

だから、おそらく日本人はリスク管理が苦手なのではなく、リスクの定義が苦手なのではないかと思います。
日本でリスクといえば地震や台風等の天災が主なリスクと考えられています。
これらは克服することが非常に困難で、しかも一時的なものなので、「勇気をもって試みる」という種類のものではなく、「最小限の被害でやり過ごす」のが合理的なものということになります。
それらをリスクとして認識しているので、リスク=危ない⇒適当にやり過ごそう、というロジックになるのではないでしょうか。

BCPやBCMでいいう「リスク」は組織の健全な存続を脅かすものであり、天災がすべてではありません。
その天災以外の事象に対し「勇気をもって」その克服を「試みる」ことが必要です。
もちろん天災も被害を最小限に抑えるという「risicare」は必要ですが、そこで思考が止まってしまっているのが、日本人はリスク管理が苦手と言われる一因ではないかと我々は考えています。

どうでしょう。
ここらへんで一度リスクというものをもう一度整理してみては。
ドラクエだって、最初(LV.1)から悪の魔王と乾坤一擲の大勝負などしません。
情報を集め、倒せる方法を見出し、力を蓄えてラスボスに挑みます。
BCPやBCMもそれと同じようにすれば、苦手意識も消えるのではないでしょうか。

審査の現場における問題点・課題

受審組織と認証機関とのやり取りや関係から、ベテラン審査員からの課題提供です。
まずは、以下(カテゴリーB)をお読みください。

【 カテゴリーB
7月にOA機器のレンタル会社へ審査に行った。審査に行く前に前回の指摘事項について確認していくことにしている。指摘事項は、4件あった。そのうちの2件は、本当にカテゴリーB(軽微な不適合)なのかと疑問に感じるものであった。
a)OA機器の保守・修理プロセスに関連する、次の力量が特定できませんでした。
①OA機器のクリーニング作業/作業員に必要な力量
②出荷前確認者に必要な力量/任命基準(QA機器出荷の許可者)
(指摘の規格要求事項:7.2)
b)QMSのパフォーマンスと有効性について、マネジメントレビューにおいてトップインタビューにより評価されていることを確認しましたが、評価結果が記録されていませんでした。
(指摘の規格要求事項:9.1.1)
a)、b)の是正処置は、どのようになっているだろうかと期待を持ってみた。
a)力量認定表にてOA機器のクリーニング作業員および出荷前確認者の力量を定めた。
b)マネジメントレビューからのアウトプットに評価の欄を追加し、マネジメントレビュー時に評価をし、適切な文書化した情報を保持するようにする。
そうか、審査した審査員は、a)は、クリーニング作業員及び出荷前確認者について、力量評価表に必要な力量を明確にし、資格認定することを求めたようだ。b)では、マネジメントレビューのアウトプットに評価結果の欄を、追加とあるように評価結果を明示するように要求したようだ。審査に行き、確認することにした。
管理責任者インタビューで、前回指摘事項カテゴリーBについて、確認した。するとa)及びb)について、是正処置計画書を提出したが、社内で検討した結果、資格認定表は、更新した(是正処置計画書提出のまま)が、資格認定を行っておらず、マネジメントレビューのアウトプットについても、フォーマットの変更(評価欄追加)を是正処置計画書に書いたが、実際には行っていなかった。
なぜだろうと管理責任者へ確認した。a)については、OA機器のクリーニング作業員及び出荷前確認者は、社員が行っており、OA機器がきれいになっているかであり、何かが付着していないかを見ており、出荷前確認者は、OA機器が稼動するかどうか、電源を入れて動くかどうかを見ているだけであるという。従って、クリーニング作業員及び出荷前確認者ともに入社後1ヵ月のOJTでできるようになるという。OJTの結果、不適な人は、やらせていないという。確かに聞いていると、普通の人であれば、できることではないかと感じた。またb)についてもいちいち評価して、どうとか書くよりも、問題があれば、それなりに指示があり、対処することにしているではないかとあった。
しかし、前回の審査でなぜ、カテゴリーBを受けたのであろうか。管理責任者へ、更に聞いてみた。すると規格要求事項の説明を受け、クリーニング作業員、出荷前確認者は、「品質マネジメントシステムのパフォーマンス及び有効性に影響を与える業務」を行っているのではないかと迫られ、「確かにそうだ」といったという。マネジメントレビューの結果について、「品質マネジメントシステムのパフォーマンス及び有効性を評価」をした結果が良かったのか、どうかの評価結果がないことは、「評価したことにならないし、適切な文書化した情報の保持にならない」と言われたという。
審査員と受審組織との間に大きな違いがあるようだ。私が思うには、a)については、規格では、力量を求めているが、果たして力量評価表で規定し、資格認定する必要があるだろうか。ここで扱っているOA機器は、パソコンや複写機であり、一般の人は、扱ったことがあるであろうし、きれいかどうかの判断、電源が入ったかどうかはわかるであろう。従って、資格認定表に書くまでもなく、ましてや資格認定をする必要はないのではないか。審査の中で、顧客から苦情が来ているか、直接クリーニング作業員、出荷前確認者がやっている姿を見て間違いやすいかどうかを確認すべきではないか。マネジメントレビューでインプット情報について検討した結果(評価)が良かったかどうか、もし問題があれば、次に向けた課題、ペンディング事項となっているだろう。これがないということは、問題がなく、良い評価であったのではないか。「便りがないことは良い便りだ(元気なことだ)」という、ことわざもあるではないか。
前回の審査で、当該審査員から規格要求事項を突き付けられ、何も反論できなかったようだ。しかし審査後社内で検討した結果、「そこまでは、」となった時、審査機関に確認を行ったかと聞いたが行っていないという。受審組織と審査機関は、対等の立場であり、審査をよりよくするためには、審査の状況、現場の状況を率直に話していく必要があるのではないか、審査員は、受審組織の状況、顧客が求めている品質状況(顧客からのクレーム情報)を考慮した上で審査を進める、また受審組織の文化、風土を考慮していくことが必要であろう。受審組織及び審査員のこのような行為から、受審組織の品質マネジメントシステムがより堅固なものになっていくであろう。
注 ISO9001:2015 より、抜粋

7.5 文書化した情報
7.5.1 一般
組織の品質マネジメントシステムは,次の事項を含まなければならない。
a) この規格が要求する文書化した情報
b) 品質マネジメントシステムの有効性のために必要であると組織が決定した,文書化した情報

注記 品質マネジメントシステムのための文書化した情報の程度は,次のような理由によって,それぞれの組織で異なる場合がある。
組織の規模,並びに活動,プロセス,製品及びサービスの種類
- プロセス及びその相互作用の複雑さ
人々の力量
(太字は、著者による)                             】

お読みいただいたご感想はいかがでしたか?
過度な指摘事例など、その実状から次のような課題が考えられます。

① 受審組織が不当な指摘に対して反論できる力量が不足、規格に対する理解度不足。
行き過ぎた指摘に対して社として正々堂々と反論してよい。資格認定など必要ない
と考えていると。(組織の課題)
② 審査員が持論を展開し、受審組織に押し付けているように見える。(審査員の課題)
③ 審査員の力量にバラツキがあり、認証機関としてそのバラツキを
を低減させるための勉強会がどの程度実施されているか?(認証機関の課題)
というような課題が浮かびあがってきます。」

本件につき、ご意見やコメントをお持ちの方は、日本BCM協会 事務局にお聞かせください。その際、当協会ホームページの「問い合わせ」をご利用ください。

事務局  佐野 興一

他所での災害発生時への対応の教訓

皆様、こちらにお越しいただく方にはお初にお目にかかると思います。
当協会の理事をしております、浅沼です。
普段は、町田で酒販店「蔵家」を営んでおります。

少し遅くなりましたが、熊本を中心とした震災でお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみを申し上げるとともに、被災されました皆様に心からお見舞い申し上げます。

私共も、東日本大震災のときには、東北ほどではなかったですが、地震によりたくさんの商品が落下し、散乱しました。
直後は、お客様の非難、商品の確保、店内の片付け等あっててんやわんやだったことが思い出されます。
そのときは皆様方から温かいご支援をいただき、今も営業を続けることができております。

そんな思いや仕入のこともあり、熊本の方にも連絡をしなければと思い、災害直後、連絡させていただきました。
どのような状況かお聞きしたところ、電話がものすごくて何もできないので、急ぎでなければあとで連絡させていただきますというような返事でした。

そうなんです。
お気遣いはうれしいのですが、被災地の方は、皆様からそうやって電話をいただくので、日常業務すらままならない、電話対応で時間をすべて使い切ってしまう状況に陥ってしまうのです。
これはいけないということで、最低限の要件を伝えて切ったのですが、このような場合、電話はNGなのでした。
これは当店でもあったことで、FAXをいただいたものの、東京都の電話帳ほども!FAXをいただき、にっちもさっちもいかなかったのです。

電話やFAXは、被災地の方には少々荷が重いようです。
災害後すぐには、電話やFAXを控えてあげていただけたらと思います。
当店でも気をつけないといけないですね。
eメールか何かで、落ち着いたら返信してもらえるように表題を工夫したいと考えております。

熊本もいよいよ復興モードですね。
復興のためには経済に働きかける、つまりあちらの製品を購入していただくのが一番の支援だと考えております。
皆様には、できるだけ熊本の製品をご購入いただき、復興を支援していただければと思います。
当店でも熊本の焼酎を色々取り揃えて皆様のご支援をお待ちしております。

最後に当店のURLを以下に記載します。
http://www.kura-ya.com/

特定非営利活動法人日本BCM協会